稀勢の里

相撲には全く興味が無くなって久しい。

いつか日記だかブログだかにも書いた覚えがあるが、「競技」としては不完全この上なく、現代の基準からすると失敗していると言っていい。勝負を個人レベルで競っているのに仕組みが不公平すぎるのだ。

さて、久しぶりに生まれた日本「生まれ」の横綱が引退を表明した。一片の悔いもない、とのコメントだった。スッキリした表情でもあった。でも、コメントは「嘘」である。

状況証拠だけではあるが、全てが中途半端過ぎるのだ。勿論他人の知ったこっちゃないのだが。

ミレニアム

昨年暮れからスティーグ・ラーソン推理小説「ミレニアム」シリーズを読んでいる。伊奈子が強烈に勧めるので読み始めたのだが、確かに名作と言っていいだろう。惜しむらくは作者が三作目を書き終えたところで亡くなっていること。

三作目まで読み終えたところで迷うことなく4に突入した。ストーリイとしては三作目でひとつの区切りを迎えているので、ここで一旦離れる選択肢もあったのだが、流れに任せている。

タイトル、登場人物は引き継がれているが、作者はダヴィド・ラーゲルクランツに変わっている。まだ上巻を読み進めているところだが驚くほどスムーズに入っていけている。勿論テイストの違いは感じる。重厚さには少々かけるかも知れない。しかし、それもストーリイが違うのだからと考えることもできる。新しい作者もジャーナリストであるというのも重要な要素なのだろう。

宮下奈都

羊と鋼の森を書店で手に取り読んだのは既にかなり以前のことだ。

とても感動しfacebookにも投稿して、高校の同窓生が興味を示したので譲った。その後この本は映画となり、メジャー作品に。

今回久しぶりに同氏の本を立て続けに二冊読んだ。「スコーレNo.4」と「よろこびの歌」である。

原田マハは美術がキーとなるモチーフだったが、宮下奈都のそれは「音楽」。そのゆえか宮下奈都の作品は心地よくすんなりと「入ってくる」

グレイ・サーガ

灰色の物語。実にレアなアイスランドの作家によるミステリ。「湿地」を読み終えた。タイトルもそうだが、行ったことのないアイスランドの特徴的らしい雨が降りやすく、日が落ちるのが早い季節の気候のせいで、全般的に薄暗い心象の中物語は進んで行く。結末は遣る瀬無く寂しいものだが、とても心に残る作品である。

アールデュル・インドリダソン 出会ったかな感満載の作家さんである。もう少し砕けた物言いをすれば、どストライクだ。

ひとつ難があるとすれば、訳の会話部分だ。ときどき登場人物の個性を見失って、時間をロスする。それでもアイスランド語で書かれた小説(実際はスウェーデン語訳)を日本語で読めることの有り難さは代え難い。

読書の喜びふたたび

バイク通勤をメインにしていて極端に減少していた読書時間。

鎌倉に越すことにより電車通勤が復活、同時に読書時間も復活です。

勿論バイク通勤が公式に認められている筈もなく、乗り換えのある電車通勤が嫌になり、且つバイク通勤の方が時間も短い上に費用も安く済むということも相まってのめり込んだ。実際事故なく過ごせたから今こうして気楽に比較などしているわけです。

 

さて、乗り換えのない、結構な確率で途中から着席できる電車通勤となった今、大変有り難いことに読み耽るに値する書籍が目の前に現れるわけだ。原田マハ著「たゆたえども沈まず」がそれ、伊奈子が買ってきたものを読んでいる。

 

ゴッホは元々大好きな画家で、そのゴッホに関わるストーリイだ。いつもながら原田氏のまるで見てきたかのような表現力には驚かされる。まだ、読み進めている途中なのだが、これから先の展開が楽しみである。

kindle

今回引っ越しするにあたり、埃をかぶった大量?の書籍をブックオフに昨晩引取ってもらった。恐らく二束三文にしかならないだろう。いつも思うことだが、一度買った本を読み返す機会はほぼない。なのに場所をとる本を所持し続けるのは如何なものか。

結論。電子書籍である。Satya Nadella "Hit Refresh"を日本語で読もうとして初めて電子書籍を「本気」で購入した。iPhonekindleアプリで読み進んでいるが、読みやすい!

これなら物理的な「モノ」を増やすこともないから収納力に若干問題のある新居にも好影響だろう。

電子書籍が普及する、もしくは普及させたい、のであれば値段は考慮すべきである。紙の本とほぼ同じということはないはずだ。個人的に書店が無くなっていくのは忍びないが、これも時代の流れである。

マチネの終わりに

平野啓一郎氏の小説である。香港出張前、電車で通勤していた時期に久し振りに本を読み始めたのだった。飛行機の中でも非常に良い感じで読み進んでいたのだった。

良い感じというのは控えめすぎる表現かも知れない。かなり好みにあった本だと思って読んでいた。携帯電話を無くしたあたりで雲行きが怪しくなる。それを三谷が取り戻して洋子宛に蒔野になりすましてメールを返信するところで怒りを覚えた。安直だし、醜い。展開が俗っぽすぎるし、軽すぎるのだ。

もう読み進めるのはやめようと思う。胸糞悪い気持ちのままそんな気持ちにさせる書物を読む理由がどこにあるのだろう。

単に面白くない本は過去に何冊もあった。ただ、出出しが良かっただけに落胆は大きい。